準拠法および管轄権に関する条項は、通常、契約の最後に表示されるもので、素人にとっては最もわかりづらい概念の1つです。場合によっては、弁護士でさえも正しく把握していない事もあるのです。しかし、準拠法および管轄権条項を正しく理解する事は国際契約書の効力性に大きな影響を与えます。
準拠法とは
準拠法とは、契約が有効かどうか、又、契約の文言と当事者の権利と義務を解釈する為に適用される一連の法律のことを指します。国際ビジネス取引をする上でよく模範となるのが、ニューヨーク州法とイングランド法です。これは主に、これらの管轄区域内における判例法の多さ、豊富さ、又、奥深さ等によるものでしょう。例えば、特定の法的問題はワイオミングやマーシャル諸島に比べても、ニューヨーク州やイングランドで訴訟として過去に既に処理された記録がある(判例が既にある)可能性が高いからです。
(注:米国では契約に適用される法律は州ごとに定まっていて、英国の中に、①イングランドとウェールズ、②スコットランド、③北アイルランドという別々の法域がありますので、準拠法を「米国法」や「英国法・UK法」にすると適用すべきルールが不明になってしまいます。)
ほとんどの英語圏の国は、英国から継承された共通法(common law)に基づいて運営されており、契約法は非常に似ている傾向があります。最も重要なのは、英語圏の法律は契約書に書かれていることを尊重する傾向があることです。一方、日本を含むほとんどの非英語圏の国は、ある種の民法(civil law)に基づいて運営されており、契約の定めを見る限りでは予期できないルールを契約に適用する事があります。たとえば、日本の民法では、契約に書かれている契約解除条項に関係なく、相手に経済的に依存している立場にあると認識されている当事者との長期契約を解除することはしばしば困難です。いわゆる「違約金」の取り扱いも準拠法によって大きく異なります。
管轄権とは
管轄権条項とは当事者達がどの管轄区域内で紛争解決を行うのかを定める条項で、この条項は「紛争解決条項」と呼ばれる事もあります。
管轄権条項には、主に3つの種類が存在します。1つめは非専属的管轄権(non-exclusive jurisdiction/submission to jurisdiction)と呼ばれるものです。これは、当事者が事前に合意した裁判所の管轄権を認めるものですが、だからと言ってその他の裁判所から管轄権を排除するわけではない、という内容です。このタイプは、様々な場所の様々な裁判所を通して迅速に対応する必要のある保証契約や秘密保持契約などの契約に特に有効です。
2つめは専属的管轄権(exclusive jurisdiction)です。これは、当事者が事前に訴訟を行う裁判所を決めておくというものです。つまり、合意された裁判所以外での提訴は排除されるということになります。これにより、紛争の結果がより予測可能になりますが、訴訟を執り行う裁判所を選択する上での柔軟性を失うことにもなります。
3つめは裁判外紛争手続き(Alternative Dispute Resolution)です。これは、当事者が事前に、裁判所を通さない代替方法での解決に合意するというものです。中でも、国際契約においてよく選ばれるのが、第三者による仲裁(Arbitration)という方法です。この方法はほぼ全ての準拠法、およびほぼ全ての言語で、場所を問わず紛争を解決する事ができる為、よく用いられます。さらに、この様なサービスを行う仲裁機関はたくさんあり、選択肢も豊富です。
準拠法と管轄権の両立
準拠法と管轄権条項は通常一致している事が多いです。(例えば、ニューヨーク州法を準拠法とし、ニューヨーク州にある裁判所を管轄権条項で指定する等。)しかし、これは必須条項では無い為、例外的に準拠法と管轄権が一致しない事があります。この様な場合の例として、契約の準拠法はニューヨーク州法であるが、管轄権条項では仲裁は東京で行うと定められている場合が挙げられます。
多くの場合、準拠法と非専属的管轄権の区域不一致は避けるべきでしょう。例えば、準拠法がニューヨーク州法で、仲裁場所が東京の場合、当事者はニューヨーク州の法律に精通し、ニューヨーク州の資格のある弁護士を仲裁人として任命できます。しかし、東京の裁判所を指定する場合は、米国法の知識が少なく、英語もあまり理解していない日本人の裁判官が任命される可能性があり、彼らは結局、ニューヨークの法律を解釈するためにニューヨークの弁護士の意見に頼らざるを得ないのです。その為、結果が予測しづらくなります。
準拠法および管轄条項へのアプローチは、弁護士ごとに異なりますが、多くの弁護士(特に国際取引の経験が少ない弁護士)は、自分が個人的に一番理解している法律と管轄権(自分の母国)を主張します。しかし、準拠法および管轄条項に関しての私の一番大きな懸念は、問題が発生した時に契約がどの様に執行されるかです。一方の当事者が、弱い、遅い、または予測不可能な裁判所制度のある国にいる場合、その国の法律を準拠法と管轄権として定めるべきではありません。仲裁も、何にでも効く「特効薬」という訳ではなく、場合によっては裁判所での解決をオプションまたは義務として残しておいた方がいい場合もあります。
裁判所が紛争解決の手段である場合、通常、準拠法を裁判所の自国の法律に合わせることが理にかなっています。それか、国際的に広く認められ、当事者も同意する可能性が高い様な準拠法を選択するのが一般的です。