米国における雇用差別法

Photo: Alex Kotliarskyi at unsplash.comアメリカの職場には「任意雇用」(at-will employment)が原則で、契約上の制限がない限り、理由がなくても即時解雇することが可能です。その一番重要な制限として、違法差別による解雇は認められません。雇用中の違法差別についても損害賠償の責任が発生する場合があります。「違法差別」の内容は世間的によく理解されていない事が多いので、この記事で解説します。

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統計はありませんが、当職の経験からすると、ほぼすべての大きな米国企業は従業員から差別の訴訟クレームを受けていて、中小企業でもクレームを受けることが珍しくありません。

雇用主が各種の差別防止法を違反すれば、アメリカの連邦政府に属するEqual Employment Opportunity Commission(EEOC)及び州・市町村の当局による捜査に加えて、民事訴訟のクレームを受ける可能性が高くなり、場合によって実際の損害額を上回る「懲罰的」な損害賠償を対象者に払う必要があります。

この記事では雇用差別の主な種類を説明します。各種の差別防止法は雇用主の場所や規模によって適用が異なりますので、詳しい情報については当事務所にご連絡ください。企業及び個人からの相談依頼を受け付けております。

人種差別

雇用主が対象者又はその親族の人種や肌色を不当に考慮して採用、解雇、報酬、昇格等を決定することは許されません。人種関連ハラスメントも差別行為に該当します。

すべての役職員に適用する社内規程も、ある特定の人種に悪影響があって、且つ職務との関係又は営業上の必要がなければ、差別行為と見なされる場合があります。EEOCの挙げる例として、多くの黒人男性は髭剃りが難しい(発疹が出やすい)ため、社員の髭剃りを必要とする社内ルールが人種差別と見なされることがあります。

性差別

雇用主が対象者の性別を不当に考慮して採用、解雇、報酬、昇格等を決定することは許されません。性的な要求等のいわゆる「セクシャル・ハラスメント」に限らず、性関連のハラスメントも差別行為に該当します。

すべての役職員に適用する社内規程も、女性又は男性に悪影響があって、且つ職務との関係又は営業上の必要がなければ、差別行為と見なされる場合があります。同性愛者又はトランスジェンダー者に対する差別、ハラスメント等も性差別に該当すると解釈されます。

なおアメリカにおける性差別の規制は職場に限らず、学校、大学等の教育機関に適用されるTitle IXという性差別防止法もあります。また、妊娠状態による雇用差別はPregnancy Discrimination Act(PDA)という連邦法律で禁じられます。

年齢差別

40歳以上の役職員に対する年齢差別はAge Discrimination in Employment Act(ADEA)という連邦法律で禁じられます。

雇用主は採用、解雇、報酬、昇格等を決定するときに、40歳以上の役職員に対して高年齢を理由に不利な扱いをすることができず、年齢関連ハラスメントも差別行為に該当します。一方、連邦法では、40歳未満の方であればこの限りではなく、高年齢の方を有利に扱うことも規制されません。

すべての役職員に適用する社内規程も、40歳以上の役職員に悪影響があって、且つ職務との関係又は営業上の必要がなければ、差別行為と見なされる場合があります。

出身国差別

雇用主による役職員又はその親族の出生地、民族、アクセントに関する差別も禁じられます。雇用主が採用、解雇、報酬、昇格等を決定するときにこれらを不当に考慮することは許されず、関連するハラスメントも差別行為に該当します。

すべての役職員に適用する社内規程も、ある民族等に悪影響があって、且つ職務との関係又は営業上の必要がなければ、差別行為と見なされる場合があります。

この関係で言語差別の概念もあります。職務に関して必要であれば、雇用主は役職員に一定の英語能力を求めることができますが、英語能力を必要としない職務について求めることができません。外国語の使用を不合理に規制することもできません。

国籍差別

雇用主は、役職員を採用したときに米国市民権又は在留資格を確認する義務がありますが、原則として、採用又は解雇を決定するときに、対象者の国籍、市民権、在留資格状態を不当に考慮することは許されません。「当社はビザのスポンサーになれません」などの発言はOKですが「米国市民じゃないと採用できない」「学生ビザでは採用できない」などの発言は原則認められません。

例外的に、法令又は政府調達契約に基づいて米国市民・永住者を採用する必要がある場合、その有無を採用前に確認することができます。

一つの例外として、E-1/E-2ビザで入国した転勤者を有利に取り扱うことは国籍差別として違法になりません。(なぜなら、ビザの根拠となる貿易条約が雇用差別法に優先するからです。)

宗教差別

雇用主が対象者又はその親族の宗教を考慮して採用、解雇、報酬、昇格等を決定することは許されません。宗教関連ハラスメントも差別行為に該当します。

雇用主は祈りなどの宗教的行動又は宗教的な服装、髪型等の着用を不合理に規制することができませんが、安全、衛生等の理由で合理的な規制を設けることができます。

宗教的行動の強制(ある特定の宗教の祈りへの参加等)も宗教差別と見なされます。

差別法の関係で「宗教」とは、キリスト教、イスラム教などの大型宗教に限られず、個人として善意に有する信教、倫理等をすべて含みます。

障害差別

人身・精神障害者や過去に障害のあった者はAmericans with Disabilities Act(ADA)という連邦法律に基づいて一定の権利が与えられます。一時的な障害(妊娠による障害等)も対象になります。

雇用主が対象者又はその親族の障害を採用、解雇、報酬、昇格等を決定するときに考慮することは許されません。このため、採用前の医療診断は一般的に禁じられますが、すべての役職員に適用される採用後の医療診断は認められます。雇用主として考慮できるのは、「相応の便宜を図れば職務を行えるかどうか」ということだけで、かかる便宜が雇用主の規模に比べて大きな費用や不便を要しない限り、提供する必要があります。障害関連ハラスメントも差別行為に該当します。

報復行為

役職員が差別行為に関するクレームを挙げた場合、その役職員に対する「報復行為」は禁じられています。報復行為は解雇のみならず、不利な職務評価、不利な転勤命令、乱用的な発言、警察・移民当局への申告等も該当する場合があります。

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著者:ダニエル・ジョセフ(ジョー)ジョーンズ
ワシントンD.C.とニューヨークに拠点を持つジョーンズ法律事務所の代表弁護士。米国移民法、国際親族案件、国際ビジネス案件を中心に活動しています。日本の大手企業や国際法律事務所で国際法務に従事した経験があり、日本語も堪能。お気軽にご相談ください